以前から気になっていたことを、やっと本日動くことが出来ました。それは、美味しい日本茶を提供するに当たり、私に欠けていた事です。
お恥ずかしいことですが、今まで幾度かお客様にご指導いただいていました。
「おいしい日本茶を提供してくださると、本当に“ほっ”とするのよ」
「今までもなかなか美味しく日本茶を入れてくださった旅館がないのよ。それが出来て欲しいね」
などなど、日本茶に対するご期待とご希望の多さは、私自身実はとても多く感じています。最初は正直「へー」という軽い気持ちで聞いていたようにも思います。もちろんお客様のお気持ちは素直に受止めてさせていただきながら、客室担当にも入れ方を確認したりはするのですが、どこかで「たまたま・・・」かな?とか、「さほど気にしなくても、普通にやっていればいいかな・・・」とどこかでスルーしていた自分が 最初はあったかもしれません。
そこには「だって、お茶だもん」という日常茶飯事的な認識不足があったのでしょう。
けれど、そのうちその「お茶を美味しく飲む」と言うことは、どういうことなのか?と気になるようになりました。気になりだすと、自分の知識のなさに・・・つまり、言葉や勉強では「美味しいお茶の入れ方」と言うのを行っているので、頭でわかっているのですが、自分自身がその経験、体験、実感をして見なければ「不安や自身のなさ」につながってくるようになったのです。
そこで、今日はお世話になっているお茶の先生にお願いしまして「お煎茶」のお稽古に同席させていただきました。(やっと実行に移せました)
お煎茶のお稽古があるぐらいなのだから、そこには「本物」がある!やはりまず正式な「本物」を知った上でなければ・・・きっと、「何か」が得られるはず、得られなかったとしても自分が納得できれば上場です。
「美味しいお茶」と言うものが、どういうお茶をいうのか、今日体験してまいりました。そしてお茶の味の違いもはっきりと気付くことが出来ました。
先生が今日ご用意してくれましたのは、「かりがね茶」「玉露」「」 (長野県の天竜峡からさらに下り静岡県との県境辺りで積んだお茶)でした。
お煎茶の作法では、本来写真よりもっともっと小さなお茶碗もあるそうです。どうしてそんなに小さく、ほんの少しのお茶がお煎茶の作法になっているのか・・・・お茶を一杯いただいただけで理解できました。昔の方々のものの考え方、生活の仕方、楽しみ方。
そこが理解できると、現代や旅館でご用意するお茶とはまた趣向が違うものだと言うことも理解できました。では、どうしたらよいのか・・・・
石苔亭いしだにお越し頂いたお客様に、どんなお茶を召し上がっていただきたいのか?
一度納得が出来た為でしょうか、次から次へと「思い」が湧いてきます。
今よりももっと美味しいお茶を召し上がっていただくために、今のやり方にどんな手間と時間の作り方をすればよいか・・・・
まずは、お金をかけずともできる手間のところから早速、石苔亭いしだのスタッフの一緒にやってみたいと思います。私と同じように、美味しいお茶を一度味わっていただいてから、自分が日々提供しているお茶とどう違うのか?知っていただくことからはじめてみたいと思います。
考えてみたら、石苔亭いしだで接客を行ってくださっている皆さんは20代の女性がほぼです。お茶を飲む習慣と言うのはないに等しいでしょう。あるいは、お茶を飲むときは、自宅に帰って親や祖父母が用意してくれるのではないでしょうか?
私と同じように、勉強した知識ではなく、身体で感じ、体が覚える事が石苔亭いしだの接客には絶対に大切なことだと私は考えています。私も、恥ずかしいと思わず、「若い子達と一緒に勉強しているんだ」という気持ちで、勇気を出して見ようと思います。